前記事に続いて、5年生教材「のりづけされた詩」での役割演技を通して、今回は「大人の演者」について考えます。
本授業での役割演技の場面は、担任の先生と中心人物(和枝)の二名が登場します。中心人物は児童が演じました。では、担任の先生を誰が演じたらよいか。このことについて述べてみます。
役割演技では、授業者は「監督役」になります。授業者が演者になってしまうと、どうしても誘導的な演技になってしまったり、演じている際の観客役の子供たちへの配慮ができなくなってしまいます。それでは、役割演技で大事にする「即興性」が妨げられてしまいますし、観客役の反応を授業者が把握していないので事後のリフレクティングが薄れてしまいます。
では、本授業での担任の先生役を児童が演じればよいのか。それも厳しいと判断しました。担任の先生の思いを子供たちが想像することは難しいと判断したからです。そこで、本授業では学年の先生に参観をしてもらい、演者としての登場をお願いしました。実際に教師が先生役をしたほうが、演技場面がより現実に近づきますし、教師としての実際の反応が演者の即興性を引き出すと思ったからです。
早川(2017)も、『子供が演じづらい役割は他の教師や授業参観の保護者に依頼するなどして、授業者は役割演技の監督としてその役割の遂行に専念することが肝要である。学習指導要領で、保護者との連携は重要視されている』と述べています。
どうすれば子供たちが本気で演じられるか、必要に応じて授業者以外の大人が演者になることを計画してはどうでしょうか。
《引用参考文献》
早川裕隆『実感的に理解を深める!体験的な学習「役割演技」でつくる道徳授業』(2017,明治図書)
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