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2026/01/06

考え議論する道徳の徹底~教育課程企画特別部会論点整理より~


 教育課程企画特別部会が論点整理(令和7年9月25日)の中で、「第1章 次期学習指導要領に向けた基本的な考え方」として、道徳科の授業について「考え、議論する道徳の徹底」と謳われています。

 これまでの指導要領では「転換」という言葉が使われていました。「転換」から「徹底」へ。この言葉の変化をどのように考えるべきなのでしょうか。道徳科の授業では、道徳的価値について考えますが、現状の授業では「何を考えさせるのか」ということを教師が明確にできていないのではないでしょうか。考えるべき内容が曖昧なままでは、子供たちの学びは深まりません。教科書に書かれていることを順に問うだけでは、「考え議論する」ことを徹底できないでしょう。

 また、どのように考えるのかといえば、自分ごととして考えさせる。このための手だても徹底して教師が考えられていないのではないでしょうか。「どんな気持ちだったでしょう」と毎度問うだけでは、決して自分ごととして考えません。対比的に考えさせたり、自らの立場を表明させたりするなど、子供たちが深く考えられる(考えたくなる)ような様々な手立ても重要になってきます。

 これらのことを徹底して教師が考える。これからの授業づくりにおいて、この点をさらに大事にしていきたいところです。

2025/05/24

自分事として考える


 道徳科の授業において、「自分事として考える」とはどのようなことを指すのでしょうか。

 学習指導要領解説では、道徳科では「価値理解・他者理解・人間理解」の3つの理解が大事だとされています。さらに、この3つの理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考えることで道徳的価値の自覚を深められるとしています。自己を見つめた時に、はじめて自覚が深まるということです。要するに、「理解」とは他人事という段階であり、この「理解」に「自己を見つめる」が入ったとき、自分事にすることができるということです。