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2023/06/03

違うんだよ、健司 教材分析(3)


 学習指導要領解説の「友情、信頼」の指導の要点(P41)に以下のような記載があります。

(以下、学習指導要領解説より抜粋)

 相手の内面的なよさに目を向け、相手の成長を心から願って互いに励まし合い、忠告し合える信頼関係のよさを味わわせたい。また、友情を培うために自分はどうあればよいか、友情とは何か、などについて発達の段階に応じて意見を交換し合うなど、発展的な指導を心掛けることも重要である。

(以上)

 解説の本文に「友情を培うために自分はどうあればよいか」「友情とは何か」という発問例が記されていることに気づきます。本教材で「友情を培うために自分はどうあればよいか」という問いについて考えるとすると、「相手の幸せを願うこと」になりそうです。僕と健司は、耕平の幸せを願って盆踊りに誘った。その気持ちが伝わったからこそ、耕平は二人に悩みを打ち明けたのではないでしょうか。

 この「相手の幸せを願うこと」が「信頼」の土台になります。「具体的に『信頼する』とはどういうこと?」と問われたとしても、「相手の幸せを願うこと」と答えられそうです。

 さて、指導要領解説の中にも「相手の成長を心から願って互いに励まし合い、忠告し合える信頼関係のよさを味わわせたい」とあります。しかし、「信頼し合う」とは、その子の責任をいっしょに背負うという重たさもあります。教材の中の僕は、耕平のもつ悩みや責任をきちんと背負えるのか。そもそも、悩みや責任をいっしょに背負うとは、具体的にどのようなことなのか。授業後半で発展的に考えさせようとするなら、「もし、他の誰かに耕平のことを聞かれたときに、僕はどうするか。」という発問も考えられます。「友情を培うために自分はどうあればよいか」という学習指導要領解説に記載された発問例(上記抜粋を参照)をより具体にした発問にもなります。このようなことを考えても、子供たちの学びが深まるのではないでしょうか。

2023/06/02

違うんだよ、健司 教材分析(2)


 中学校3年生教材「違うんだよ、健司」の教材分析2回目です(教材の内容等については教科書をご覧ください)。本日は下記の場面について考えてみます。

 僕も最近の耕平は少し変だと思っていたので、それとなく聞いてみた。

 耕平は、一瞬、驚いたような顔をした。しかし、

「いや、ちょっとな。」

と言ったきりで、何も詳しいことを言おうとしない。もうそれ以上何も聞いてはいけないのだと、そのときの僕は思っていた。

 この場面で気になるところは、「もうそれ以上何も聞いてはいけない」と思った僕の判断です。「隠し事をしている友達に対して無理に聞き出そうとできない」ということを中学校3年生の生徒が自分事として考えたとき、「僕(中心人物)の気持ちはよく分かる」と共感する生徒が多数いるのではないでしょうか。これは大人も同様だと思います。このような「人間の弱さ」が描かれている場面を、ぜひ子ども達に話し合わせたいものです。

 では、なぜ無理に聞き出そうとしないのでしょうか。このことを問うと、

「相手が言いたくないのに無理に言わせることは、相手を傷つけるかもしれないから」「無理に聞き出そうとすると、相手を怒らせるかもしれないから」

などの意見が出てきそうです。確かにその通りかもしれません。しかし、本当に自分が悩んでいるとき、誰かにその悩みをわかってほしいはずです。困っている人の相談相手になれる自分でありたいし、相談相手として信頼できる友達がいてほしいという願いももっているでしょう。

 さて、学習指導要領解説の「友情、信頼」の指導の要点(P41)に以下のような記載があります。

(以下、学習指導要領解説より抜粋)

 指導に当たっては、まず、友情は互いの信頼を基盤とする人間として最も豊かな人間関係であること、互いの個性を認め、相手への尊厳と幸せを願う思いが大切であることを理解させたい。

(以上)

 友情には「相手への尊厳と幸せを願う思いが大切」とあります。では、先程の「相手を傷つけるかもしれない」「相手を怒らせるかもしれない」という意見の中に、相手の幸せを願う思いがどれだけ込められているのでしょうか。この視点が、学びを深めるための重要なポイントになると考えます。

2023/06/01

違うんだよ、健司 教材分析(1)


 中学校3年生教材「違うんだよ、健司」(日文)について考えます(教材の内容等については教科書をご覧ください)。

 まず、文中の前半にこのような会話があります。

(健司)「おまえ、いつも耕平に合わせているけど、それでいいのか。」

(ぼく)「べつに。それがふつうじゃないか。」

(健司)「そうかなあ。そんなのが友達といえるか。」

(ぼく)「おまえ、堅いんだよ。お互いに適当に合わせた付き合いが最高なんだよ。」

 そう言って僕は、耕平のあとを追った。

 この会話の中に、気になる点が2つあります。

①相手に合わせることが「ふつう」だと僕が思っていること。

②「お互いに適当に合わせた付き合いが最高だ」と僕が思っていること。

 教材後半に向けてのいわゆる「布石」と呼ばれる箇所であり、場面(基本)発問として扱いたいところです。

 では、この2点について中学校3年生の生徒はどのように感じるのでしょう。ここでの発問を通して、「そうそう。無理せず合わせた付き合い方をしないといけないよね」と思うのか、「今は適当に付き合っているけど、本当はもっと親しい友達がほしいな」と思っているのか、現状の自己の生き方(友達との関わり方)を見つめさせることができそうです。

 また、この場面でさらに問い返すことで大きなテーマを引き出すこともできます。例えば、「相手に合わせることはふつうではない」という意見が出たとすると、「では、友達との関わりにおいて、大事にしたい『ふつう』とはどのようなものか」と問うことができます。このような授業前半での問い返しこそ、その授業での「学習課題」を生み出すきっかけにもなるのです。