2022/06/21

教材の中の人物も生きているということ

 資料作家の立石喜男は、『道徳教育2022年7月号』(明治図書)の記事で以下のように述べています。

(以下、一部抜粋)

「かぼちゃのつる」を例に考える。教師は、はなから「かぼちゃは我儘」と決めつけるきらいがある。だから周りから「かぼちゃはズルい」「勝手気儘」の声で埋め尽くされよう。だが、教師がそれに賛同しなかったらどうだろう。例えば、「かぼちゃって、そんなに悪いの?」と返してみる。(中略)従来の展開では「かぼちゃのつる」を制裁受託の定番資料に格下げていた。それでは教師の負け。生きているからこそかぼちゃもトラブルを抱え、精一杯生きようとする本来の姿を多くの子に掴ませたい。

(以上)

 上記は、教師による教材分析の大きなヒントになると感じています。我々はどうも教材を一面的な見方で分析し、その一面的な理解を正しいものとして子供たちに考えさせようとしているように感じられます。教材の中の人物たちも精一杯生きようとしている大切な存在であるという認識をもってみると、分析の視点が広がるのではないでしょうか。


《引用参考文献》

『道徳教育 2022年7月号』(2022,明治図書)


2022/06/20

学級の実態から授業を考える


 指導案に学級の児童生徒の実態を書きますが、なぜその記載が必要なのでしょうか。また、どのようなことを書けばいいのでしょうか。

 ここで一つの提案をします。指導案に記載されている「学級の実態」の一文一文から矢印を引っ張り、本時の授業展開の発問や指導上の留意点につなげてみてください。それがきちんとつながるのであれば、指導案に記載されている「学級の実態」に大きな意味があります。矢印がつながらないのであれば、指導案のページを埋めるために「学級の実態」を書いていることになってしまいます。

 同じ内容項目、同じ教材であっても、授業展開や発問は異なります。それは、学級の実態に合わせて変わるべきものだからです。学級担任として、どのような課題が学級にあるのか、そして、子供たちが抱く問題意識はどのようなものなのか、それを明確にするのが「児童生徒の実態」の記載になるのです。

2022/06/18

「ねらい」から考える授業構想


 道徳科授業を考える際、どのような「ねらい」を設定するかで授業構想は異なります。1年生教材「はしのうえのおおかみ」を例にして考えてみます。

 例えば、「いじわるをした時より、親切にした時の方がうれしくなる」という気づきをねらいに設定した授業の構想は(図1)のようになります。


     (図1)「いじわるをした時より、親切にした時の方がうれしくなる」の授業構想


 次に、「親切な行為は、親切にされた相手も親切にした自分もうれしくなる」という気づきをねらいに設定した授業の構想は(図2)のようになります。


(図2)「親切をされた相手も、親切にした自分もうれしくなる」の授業構想案


 このように、ねらいによって授業の構想は異なります。ですから、授業を考える際は「ねらい」を明確にすることがとても重要になるのです。

2022/06/16

子どもの問いから構想するということ

 永田(2022)によると、現在の学習指導要領解説では、小・中学校ともに「問題意識」という用語が頻出していているということです(子どもの立場で用いられるのは9箇所ずつで、平成20年の解説書と比較しても急増)。

 例えば、このように書かれています。

「児童がどのような問題意識をもって学習に臨み、ねらいとする道徳的価値を理解し、自己を見つめ、多様な感じ方や考え方によって学び合うことができるのかを具体的に予想しながら(中略)展開を構想する。」

 永田はこの記述をきわめて重要だとしています。それは、授業は子どもの問題意識をふまえた追求であり、教師の教えたい順番や「問い」の順に授業を作るのではなく、子どもの考えたい「問い」の流れに即して全体を構想すべきことを強く示唆しているからだと述べています。

 そうであれば、日々の授業の中で、教材との出会い方がこれまで以上に重要になるのではないでしょうか。そして、教材と出会った後の、つぶやき。子供たちが現在もっている価値観や経験と、教材に隠された価値観や理想とのずれによって生まれるつぶやきを丁寧に受け取ることが、子供たちの問題意識につながるのだと考えます。


《引用参考文献》

『道徳教育 2022年7月号』(2022,明治図書)

2022/06/15

「反応」という言葉からの決別


 『道徳教育』7月号(2022年)の中で、東京学芸大学の永田繁雄は『子どもの学びは、子供が「問い」をつくることから始まる』と論じています。そのうえで、学びは子どもの問いの連続でもあり、その効果的な流れが生まれるように、私たち教師は、やはり「問い」=「発問」を軸にしてかかわっていくことが重要であるとしています。

 さて、本誌の中で永田は、指導案を作成する際の「児童(生徒)の反応」というところに着目し、今までは「子どもの問い」に対する着眼が不十分であったと述べています。「反応」の対義語は「刺激」であり、教師の発問という刺激がなければ「反応」は引き起こされないからです。「児童(生徒)の反応」という言葉は受動的な学習観を明言しているということです。このことから、本論の最後には『私たちは、今こそ「反応」という言葉から可能な限り決別していかなくてはならない』と述べています。

 当たり前に使っていた「予想される児童の反応(発言)」という指導案の記載に、「授業(発問)は教師が作るもの」という隠れたメッセージが込められていることに私は気づいていませんでしたので、大変納得させられるものでした。


《引用参考文献》

『道徳教育 2022年7月号』(2022,明治図書)


2022/06/14

ワークシートの活用について


 

 教科書についている道徳ノートや自作のワークシートを活用して、中心発問の場面などで「自分の考えを書く」活動を取り入れている方も多いと思います。今回は、この「書く」という学習活動について考えてみます。

(学習指導要領解説をもとに筆者作成)


 上図は、授業の中で「書く」活動を取り入れる際のメリット・デメリットをまとめたものです。「書く」時間を全体で確保することで、全員の授業参加を保障できます。また、「書く」ことに集中することでゆっくりと自分を見つめることができるので、道徳科授業の目的を達成しやすくなるといえます。

 デメリットとしては、対話が成立している学級では、その思考の流れを切ってしまうおそれがあります。また、書くことに負担を感じている子もいるかもしれません。

 「何のために書くのか」、そのことをきちんと意識したうえで、学級の実態に合わせて「書く」活動を取り入れていきたいところです。

2022/06/13

内容項目「相互理解、寛容」で大事にしたいこと(2)


 内容項目「相互理解、寛容」について考えていきます。先日は「自分の考えや意見を相手に伝えること」の大切さについて述べました。それに加えて、「相互理解、寛容」では「自分とは異なる意見や立場も広い心で受け止める」ことについて考えることが求められます。

 では、なぜ「自分とは異なる意見や立場も広い心で受け止める」ことが求められるのでしょうか。学習指導要領解説を読むと、以下の図のように考えられます。


(学習指導要領解説をもとに筆者作成)


 このように、内容項目「相互理解、寛容」では、「自分とは異なる意見や立場も広い心で受け止める」ことについて考え対話をすることを通して、相手の意見や考えを受け入れることで「自分を高められることに気づく」「よい人間関係を築けることを理解する」ことを授業のねらいにすることになります。

 ただし、一つの教材でこの両者を扱うことは難しいかもしれません。複数教材を扱うなど、実態に合わせて対応していくことが期待されているといえます。

2022/06/12

内容項目「相互理解、寛容」で大事にしたいこと


 内容項目「相互理解、寛容」の授業づくりについて考えてみます。まず、発達段階ごとの内容を縦に並べて見比べてみましょう(下図参照)

(学習指導要領解説をもとに筆者作成)


 発達段階ごとの「同じ」と「違い」が見えてきます。どの発達段階にも共通して求められているのが「自分の考えや意見を相手に伝える」ということです。「相互理解、寛容」の授業では、どうしても「相手を受け入れる」に重きを置いてしまいがちですが、それと同じぐらい「相手に伝える」ということも重要になり、その大切さを全学年できちんと考えさせていくことが求められているのです。

 このように、「相互理解、寛容」の授業づくりの際には、「自分の考えや意見を伝える」ことを意識した発問や展開(活動)を取り入れてみるのもどうでしょうか。