2022/06/01

役割取得能力(2)


 道徳科授業では、「人物になりきって考える」という学習活動が子供の道徳性の発達の一側面である役割取得能力の育成につながるということを述べました。ここに、小学校高学年や中学校においても「人物になりきって考える」という学習活動に意味があるということができます。

 しかし、いざ人物になって考えようとしても、それを難しく感じる子も当然います。そのような子供への手立ても必要になってくるでしょう。

 一つの手立てとして、「発問の主語を明確にする」というものがあります。また、別の手立てとして子供たちの発言がどの人物の視点で語られているものなのかを教師が見取り、「あなたは◯◯の視点で考えているのですね」と確認してあげるというものがあります。子供たちは自分が誰の視点に立って発言をしているかを認識していないことが多いので、自由に発言を促すと多様な視点の意見が出てくるものです。その際、教師が「あなたは〇〇の視点で考えてるのですね」と確認をしてあげることで、「そうか。僕は〇〇の視点で今は考えているのか」と認識することができます。そうすることで、「もし、〇〇だったらどうかな?」と、視点の変更を促すことも可能になります。

 なお、「発言の見取り・確認」は、役割演技の演者を決める際にも大変重要になります。子供たちの発言の視点や思いの強さを教師が確実に見取り、それをもとに演者を決める。役割演技の演者は、「誰か〇〇さんの役をしたい人?」と決めるのではなく、子供たちの視点や思いをもとに教師が決めるべきなのです。

2022/05/31

役割取得能力


 道徳科の授業では「◯◯の気持ちになって考える」という学習活動がよく設定されます。しかし、小学校低学年に比べて、高学年や中学生の児童生徒は「人物になりきる」という行為に抵抗があるかもしれません。果たして、「人物になって考える」という学習活動は本当に必要なのでしょうか。

 本日は、この「◯◯の気持ちになって考える」ということについて考えてみます。このことについて、田沼(2022)の「道徳性の発達」についての論が参考になります。

(以下、著書より抜粋)

 道徳性発達は、個の人格的成長という点で基本的に他律的段階から自律的段階へという過程を辿ることとなる。

 認知的側面から見れば、物事の結果だけで判断する見方から動機をも重視する見方へと変化する。また、自分の主観的な見方から視野を広げて客観性を重視した見方、一面的な見方へと変化を見せるようになる。

 言わば、このような道徳性発達の特徴は、子供が内なる目で自分自身を見つめる能力(自己モニタリング力)、相手の立場で物事を考えたり思いやったりする能力(役割取得能力)、さらにはここの自然性に裏打ちされた情意的側面としての感性や情操の発達、行動的側面に関わる社会的経験の拡大や実践能力の発達、社会的役割や期待への自覚といったこと等とも密接に関係している。

(以上)

 上記を読むと、役割取得能力の育成は子供たちの道徳性の発達に大きく関与していることが分かります。「なりきって考える」ことは道徳科授業の中の学習活動の一つとして捉えられている印象を受けますが、実はこの「なりきって考える」という活動そのものが役割取得能力の育成につながるものだと考えられます。

 今回は道徳科授業の当たり前(人物になりきって考える)を疑うことで、実はその当たり前の意義を見直すことができたように思います。


《引用参考文献》

田沼茂紀『道徳科教育学の構想とその展開』(2022,北樹出版)

2022/05/29

個別な問い

 先日、範読後に感想を伝え合うことの意義について述べました(5月27日の記事)。感想を話し合わせることで他者との感じ方の違いに気づかせるとともに、学習の視点を揃えることができると提案しています。この提案に関して、田沼(2022)の著書が参考になります。

(以下、著書より抜粋)

例えば、35人学級で同じ道徳的問題を提示したとすると、そこには35通りの個別な「問い」が存在することとなる。それを受容し、道徳学習のスタートラインにすることが大切である。

 もちろん、その「問い」の中に似通ったもの、視点が異なるもの、場合によっては真逆の疑問が生ずるかもしれない。それらを課題探求しようとしていくところに「道徳学習」が成立するのであるが、当然のように個別の課題追求では思考が堂々巡りして多面的・多角的な思考が実現されない。そこで、道徳科授業の導入ではそれら個別の「問い」を意図的に披瀝し合う場を設け、語らいを通して摺り合わせ、調和的に調節し合い、学習集団全体の価値理解への合意形成プロセスを経るための共通追求道徳課題設定を行うこととなる。

 このようなモデレーション手続きを踏むことで追求すべき道徳学習課題が明確となり、共有され、全員が同じ土俵に立ってその課題追求を目指すことが可能になるのである。

(以上)

範読を聞くことで生まれる違和感やもやもやのことを田沼は「個別の問い」と呼び、その「個別の問い」を導入場面で出し合い、調和的に調節することで「共有の問い」を設定することが大事であるということです。


《引用参考文献》

田沼茂紀『道徳科教育学の構想とその展開』(2022,北樹出版)

2022/05/28

三びきは友だち(6)と「はしの上のおおかみ」


 

 園田(2021)は、「はしの上のおおかみ」での発問に関して以下のように述べています。

(以下、著書より抜粋)

はしの上のおおかみについて、次のような発問をしてはどうか、と提案している。「おおかみはどうしてえらそうにしていたのだろう」。子どもは自分の経験をふまえつつ、一年生ならではの意見を述べてくれるに違いない。よくないとされている行為の背景には、おおかみはおおかみなりの理由がある。そのことを理解できている子ども。意見を聴いて新たに気づく子ども。理解に苦しむ子ども。これからどうすればよいかについて新たな行動提起をしてくれる子ども。様々な子どもの育ちの姿がくっきりと具現する発問として、とても興味深い。

(以上)

 「はしの上のおおかみ」のおおかみと、「三びきは友だち」のぴょんた、どちらもその行為の背景を理解してあげる必要があるといえないでしょうか。園田の提案をもとに考えると、「ぴょんたはどうしてわんた一人のせいにしたのだろう」という発問に、大きな意義があるといえます。


《引用参考文献》

園田雅治『「つながり」を育み授業を愉しむ』(2021,解放出版社)

2022/05/27

三びきは友だち(5)


 先日は、以下(図1)のような展開でぴょんたの視点を与えることを述べました。

(図1 ぴょんたの視点をもたせるための学習展開案 筆者作成) 


 別の方法として、範読の後に感想を伝え合うということもできます。範読を聞くと子供たちはそれぞれの視点で感想を抱きます。頭の中にモヤモヤを感じたり疑問を持ったりします。自分の経験を思い出している子もいるでしょう。その範読の後の「もやもや」こそ、違和感こそ、その子が現在もっている道徳性なのです。今自分がもっている道徳性を自覚させ、他者の感じ方との違いを知り、ずれに気づく。感想を伝えることにはこのようなねらいもあります。

 さて、「お話を聞いた感想をお隣に伝えてごらん」、範読の後にお隣とペアトークをさせてはどうでしょうか。おそらく、それぞれの思いを伝え合うでしょう。ここで、小さな工夫ですが、「では、感想を発表してください」と呼びかけた際に、挙手が少ないことがあります。そのような時は、「お隣と感想が似ていたい人?」「お隣と感想が違っていた人?」のように呼びかけてみることも効果的です。

 子供たちからは、「ぽんきちがかわいそう」「ぴょんたのしたことはいけないことだと思う」「自分から走っていったわんたはえらい」など、様々な視点の感想が出てくるでしょう。それらの感想を出させたあとに、例えば「なにか不思議に思うことはあった?」「一番考えてみたいことは何かな?」と尋ねると、本時の学習テーマを設定することにつながります。「なぜ、ぴょんたのしたことはいけないと言えるの?今日はこのことについて考えてみようか」と、教師から提案をしてもいいでしょう。

 また、ここでの感想を授業後半で活用することもできます。わんたの姿を見て、自分から走っていったぴょんた。例えば、「わんたと同じように、ぴょんたも気づいたんだね。ぴょんたも、わんたと同じようにえらいね」と、悪者を作らずに授業を終えることができます。「ぴょんたはいけないことをした」という感想を後半で活用すると、「下を向いているときに、◯◯さんが言ってくれたように、ぴょんたはいけないことをしたことに気づいて、悩んでいたのかな。」と、子供の言葉を使って発問をつくることができます。

 このように、「感想を尋ねてみる」という学習活動を入れてみるだけで、授業の幅が大きく広がるのではないでしょうか。

 

(図2 児童生徒の感想をもとに視点をもたせるための学習展開案 筆者作成)

2022/05/26

三びきは友だち(4)


 本教材を読んだ時、皆さんは登場人物の誰の視点で物語に入り込みましたか。私は・・・、ぽんきちの視点になりました。自分だけが悪者にされて怒られる・・・。きっと悲しかったことでしょう。

 さて、学級の子供たちも、教材を読んだ時点でどの人物の視点でお話の世界に入り込むかはそれぞれです。その「視点」を教師がどのように扱うかも、授業づくりでは大事になります。なぜなら、教師は中心人物のぴょんたになるという前提で授業を設計していることが多いので、そのままでは思考の前提(視点)が揃わないからです。その場合、教師の発問が子供たちに届かない(理解されない)ということが起こってしまいます。

 私のようにぽんきちの視点でお話に入っているのに、教師からは「ぴょんたになりきって考えよう」と言われると、授業に入ることを難しく感じてしまいます。そこで、その難しさに対応する手立てとして、授業のはじめに「ぴょんたになって考えてね」と伝えることで物語に入る視点を与えることが考えられます。この場合、全員の視点をすぐに揃えられる(考えやすくなる)というメリットがありますが、子供たちの自由な思考を妨げてしまうというデメリットもあります。学びの主体者は子供たちなので、やはり思考(視点)の自由さを大事にしてあげたいところです。

 もちろん、視点の与え方を工夫することで子供たちの主体性を引き出すことも可能です。

例えば、教材の範読の前に、お話の前半(くまおじさんの登場する場面まで)を教師が挿絵を使って説明します。「花壇をめちゃくちゃにしたのは誰だ」と叫ぶくまおじさんに対して、ぴょんたはどのような行動をとったのかを子供たちに自由に想像させます。その想像を発表させたあとに範読をすると、子供たちはすでにぴょんたの視点で物語に入り込みます。そして、自分の想像と異なる行動をしたぴょんたに対して、「えっ!」「おかしい!」とつぶやくでしょう。これが、視点を揃えたうえで主体性も大事にできる授業展開の案の一つです。

 なお、そのつぶやきの中には、「不合理な言動をおかしいと感じる心」が込められています。しかし、2年生の子供たちは、その心を自覚していないかもしれません。言葉では上手く表現できないかもしれません。だからこそ、つぶやきを拾い、その心を自覚させてあげる必要があるのです。



2022/05/25

三びきは友だち(3)


 前日、以下の三点の視点を本教材の授業づくりで大事にしたいと述べました。

 本日は、上記の視点をもとにして授業展開のポイントを考えます。

(1)「仲間はずれ」「一人ぼっち」が生まれることを理解させる。

 ぴょんたの言動により、ぽんきちだけが怒られることになりました。仲良しのわんたを助けるために、ぽんきちが一人ぼっちにされたのです。ここで気をつけたいのは、「怒られる」ということに注意を向けさせるのではなく、ぴょんたの言動によって仲間はずれや一人ぼっちが生まれたことに目を向けさせることが大切になります。


(2)自分も周りも嫌な気持ちになることに共感させる。

 ぽんきちはきっと悲しい気持ちになったことでしょう。それは、花壇を踏みつけてしまったことをくまおじさんに厳しく怒られたからでしょうか。「怒られたから、悲しい気持ちになったんだよね?」と尋ねてみると、子供たちはどのような反応をするでしょうか。「いや、そうではない!自分一人だけが悪者にされたからだ!」という発言が生まれないでしょうか。怒られることは嫌なことです。しかし、誰かが大切にしている花壇を踏みつけてしまったのなら、それは怒られて仕方のないことかもしれないと2年生の児童も考えるでしょう。本当に悲しいことは、その行為を自分一人のせいにされたことであり、その悲しみを子供たちに気づかせる必要があるのです。このままでは、ぽんきちは心に深い傷を負うかもしれません。ぴょんたのことも嫌いになってしまうでしょう。「このままでいいのかな?」「わんたは怒られなくてよかったね。わんたは嬉しかったのかな」ということも子供たちに尋ねたいところです。


(3)みんなが楽しく、よい気持ちになれることに気づかせる。

 ぴょんたは、長い間下を向いて考えた後、走り出しました。その後の様子は教材に描かれていません。もしかしたら、ぴょんたもすごく怒られたかもしれません(中学校の生徒指導の先生に言わせると、一番怒られるのはぴょんたになるとのことです)。では、ぴょんたは下を向いている間に、どのようなことを考えたのか。何に気づいて走り出したのか(中心人物の変容)、その変容場面の葛藤を尋ねることは大変有効になります。

 さて、変容場面の葛藤について子供たちに尋ねると、どのような意見が出るでしょうか。

①「くまおじさんに嘘をついたことを謝ろう」

②「一人ぼっちにさせてしまったぽんきちに謝りたい」

③「仲良しのわんたに嫌われたくない」

④「自分一人が仲間外れにされると思った」

 上記の①は本教材のねらいとは異なり、「正直、誠実」の内容に近くなります。子供の発言を受け入れつつ、「広げるための問い返し」をしていきたいところです。②の意見が出てきたら、その考えについて全体で深めていけばよいでしょう。

 さて、③と④の意見はいかがでしょう。「自分は仲間はずれにされたくない」「一人ぼっちにされてさみしかった」など、子供たちの素直な思いや過去の経験から出される発言かもしれません。このような意見を大事に受け取って問い返すことで、道徳的諸価値のよさに気づかせることができます。例えば、「今のぴょんたなら、ぽんきちの気持ちがよくわかるかな?」「わんたの姿を見て、ぴょんたが気づいたことはどんなことかな?」などのように問い返したあと「お隣の人とお話してごらん」と声をかけると、きっと活発なペアトークが生まれるのではないでしょうか。

2022/05/24

三びきは友だち(2)


 学習指導要領解説の低学年「公正、公平、社会正義」に、「自分の好き嫌いにとらわれて接すると、仲間はずれや一人ぼっちになる人が出ます。そうすると、その人もいやな気持ちになりますが、自分も、周りもいやな気持ちになります。」という文言があります。この2文が本教材の授業づくりに大きなヒントを与えてくれます。

 前述しましたが、本教材は「友達」や「素直に謝ること」について考えることを目的とはしていません。「みんなで仲良くするということ」について考え、そのよさを実感したり自己の行動をふり返ったりすることをねらいます。その学習活動を学習指導要領解説の言葉を借りると以下のようになります。

 

 この三点を意識して発問や展開を用意する必要があるということです。