2026/01/08

小学校3年生教材「ぼくのボールだ」(日本文教出版)〜たかし君はわがまま?〜

 小学校3年生教材「ぼくのボールだ」(日本文教出版)の授業づくりについて考えます。内容項目は「公正、公平、社会正義」です。

 本教材はドッジボールの一場面を扱っています。運動が苦手な(強いボールを投げられない)たかしくんががんばって拾ったボールを、ぼくに横取りされてしまい、チームが勝つために強いボールを投げられるまさとくんにボールを渡されるという内容です。

 ボールを横取りされたたかしくんは「やめてよ。それは、ぼくのボールだ」「ボールは取った人のものだよ」と大声で訴えます。この発言を、学級の子供たちはどのように受け止めるでしょうか。

 実際の授業で範読後に「お話を聞いて、おかしいと思ったところはありますか」と尋ねたところ、「たかしくんはわがままだ」という意見がありました。もしかすると、日頃から「わがままを言ってはいけません」「自分勝手をしてはいけません」と学校や家庭でよく言われている子ほど、このような捉え方をしやすいのかもしれません(推測ですが)。

 さて、この「わがままだ」という意見をどのように扱うのか、道徳科授業のおもしろさであり、難しさでもあります。このような意見を出させないように教師主導で授業を進めていくこともできるでしょう。ただ、これから求められていく道徳科授業は、このような意見を大事にして、考えを深めさせる授業なのではないでしょうか。

 今回のように、模読後にこのような意見が出てきたのならば、「では、たかしくんがわがままなのかどうか、みんなで考えていこうね」と、子供の発言から授業のめあてを作ることができそうです。学習指導要領解説にも「日常の指導において、公正、公平な態度に根差した具体的な言動を取り上げて、そのよさを考えさせるようにすることが大切である」とあります。授業を通してぼくの言動やたかしくんの発言について考えさせることで、「たかしくんの発言はわがままではなく、とても大事な発言なのだな」と子供たちが理解できたなら、その授業は大きな学びにつながるのではないでしょうか。

2026/01/06

考え議論する道徳の徹底~教育課程企画特別部会論点整理より~


 教育課程企画特別部会が論点整理(令和7年9月25日)の中で、「第1章 次期学習指導要領に向けた基本的な考え方」として、道徳科の授業について「考え、議論する道徳の徹底」と謳われています。

 これまでの指導要領では「転換」という言葉が使われていました。「転換」から「徹底」へ。この言葉の変化をどのように考えるべきなのでしょうか。道徳科の授業では、道徳的価値について考えますが、現状の授業では「何を考えさせるのか」ということを教師が明確にできていないのではないでしょうか。考えるべき内容が曖昧なままでは、子供たちの学びは深まりません。教科書に書かれていることを順に問うだけでは、「考え議論する」ことを徹底できないでしょう。

 また、どのように考えるのかといえば、自分ごととして考えさせる。このための手だても徹底して教師が考えられていないのではないでしょうか。「どんな気持ちだったでしょう」と毎度問うだけでは、決して自分ごととして考えません。対比的に考えさせたり、自らの立場を表明させたりするなど、子供たちが深く考えられる(考えたくなる)ような様々な手立ても重要になってきます。

 これらのことを徹底して教師が考える。これからの授業づくりにおいて、この点をさらに大事にしていきたいところです。