いわゆる生徒指導場面において、子供に対して「なぜ、そのようなことをしたのか」と尋ねている姿を見かけます。これは、問題行動における「原因」を尋ねているのであって、「過去」を問うことになります。尋ねられた子供たちは、「だって、〇〇さんが〜」と、思考の矢印を他者に向けてしまいがちです。そして、どれだけ自分の正当性を伝えようとも、その先には「でも、そんなことはしてはいけない」というゴールが見えています。それでは、自分自身の思いや願いを見つめ直すことは難しいものです。
そこで、「あなたはどうしたかったの?」「どうなりたかったの?」と尋ねてみることにします。これは、問題行動における「願い」を尋ねているのであって、「未来」を問うことになります。「未来」を尋ねられた子供たちは、「本当はいっしょに遊びたかった」「仲良くなりたかった」など、思考の矢印を自分に向けることができ、心の奥にある思いを見つめられます。
このように、問い方を変えるだけで子供たちの思考の方向性が変わることがあります。これは、道徳科授業における発問でも同じことが言えるでしょう。「◯◯は、なぜこのような行動をしたのか」という発問を、「◯◯はどうしたかったのか」のように変えることで、子供たちは中心人物の願いや、その先にある未来を想像することができます。このように、「未来を問う」ことも発問や問いを考える際の重要なポイントと言えるでしょう。