2025/07/01

学習の見通し


 社会科の元教科調査官の澤井陽介は、著書の中で以下の通り述べています。

(以下、引用参考文献より一部抜粋)

 「今日は何を教えてくれるのかな」という受け身の姿を「今日は〜について話し合いたい」という姿にしていくためには、『学習の見通し』を持たせることが第一歩となる。それは、教師が用意した「めあて」を単に示すというものではない。子供達の素朴な気付きや疑問から学習問題を設定する。写真やグラフ、実物などの資料提示から断片(事実)に気づかせ、素朴な疑問を持たせる。それを教師が拾い集め学習問題を設定する。そうすると予想も自然と始まる。

(以上)

 上記は社会科の授業づくりを主に述べている書籍ですが、道徳科の授業づくりにも同様なことを言うことができるでしょう。学びの主体は子供たちなのだから、学びのための問いをもつのも子供たちであるべきなのです。


(引用参考文献)

澤井陽介『授業の見方「主体的・対話的で深い学び」の授業改善』(2017,東洋館出版社)

2025/06/30

ブランコ乗りとピエロ


 小学校6年生教材「ブランコ乗りとピエロ」の主題を、「考え方や意見の違う人を遠ざけることをどう思うか」と設定すると、どのような授業展開が考えられるでしょうか。

 はじめに、範読を聞いたあとに感想をペアで共有させます。アウトプットさせることで、あらすじを自分たちで確認させるとともに、本授業で話し合ってみたい問いも意識させ、自分ごととして授業に臨めるようにします。

 次に、ピエロの怒りに共感させたうえで、ピエロとサムの考え方の類似点と相違点を理解させます。その際、板書を対比的に書くことで、どちらもサーカスの成功を願っているが、考え方が違っていることを視覚的に気づかせます。

 その上で、サムに対するピエロの態度をもとに、考え方や意見が違う人を遠ざけることをどう思うかという本授業の大きな問いを共有します。

 そして、ピエロがサムを受け入れられた理由や、逆に半年間も受け入れられなかった理由を考えさせることで、広く受け入れる心についての考えを深めさせます。

 最後に、ワークシートを用いて、考え方や意見が違う人を遠ざけることに対しての自分の思いを考えさせることで道徳的諸価値の一般化を図り、自分の生き方を見つめさせます。

 今回の授業展開では「考え方や意見が違う人を遠ざけることをどう思うか」ということに焦点を当ててました。道徳科授業で大事なことは、本授業で何について考えさせたいのかを明確にするということです。

2025/06/28

ブランコ乗りとピエロ


 小学校6年生教材「ブランコ乗りとピエロ」について考えます。

 学習指導要領解説に以下のとおり記載されています。

(以下、学習指導要領解説[P49]を一部抜粋)

 この段階においては、自分のものの見方や考え方についての認識が深まることから、相手とのものの見方、考え方との違いをそれまで以上に意識するようになる。また、この時期には、考えや意見の近い者同士が接近し、そうでない者を遠ざけようとする行動が見られることがある。そのような時期だからこそ、相手の意見を素直に聞き、なぜそのような考え方をするのか、相手の立場に立って考える態度を育てることが重要である。

(以上)

  この記述の中で、今回は「そうでない者を遠ざけようとする行動がみられる」に注目してみます。なぜなら、このような行動は学級での子供たちの関係性にもよくみられ、その行動がきっかけでトラブルが起こりやすいのも高学年児童の特徴だといえるからです。そこで、本教材での大きな問いは「考え方や意見の違う人を遠ざけることをどう思うか」がふさわしいと考えられます。

 教材前半でのピエロの怒りは、考え方や意見の違うサムを遠ざけたいという身勝手な思いとも読み取れます。サムを遠ざけることで自分の立場を守ろうとしているということです。そこで、このピエロとサムの考え方の類似点と相違点を問うことで学びの焦点化を図り、「考え方や意見の違う人を遠ざけることをどう思うか」という問いにつなげていくのです。

2025/06/26

雨のバスていりゅう所で(2)


 小学校4年生教材「雨のバスていりゅう所で」(C規則の尊重)の授業について考えてみましょう。

 学習指導要領解説によると、中学年の指導の要点に以下の通り記載されています。

(以下、学習指導要領解説より一部抜粋)

 一般的な約束や社会のきまりの意義やよさについて理解し、それらを守るように指導していくことが大切である。さらに、社会集団を維持発展する上で、社会生活の中において守るべき道徳としての公徳を進んで大切にする態度にまで広げていく必要がある。

(以上)

 このことから、本教材の授業では、

  (1)きまりの意義やよさについて理解すること

  (2)公徳を大切にしようとする態度を育てること

 の2点に焦点を当てた授業づくりが求められそうです。

 なお、「公徳心」という言葉を調べてみると、「社会の一員としての自覚を持ち、社会のルールや秩序を守り、他人に迷惑をかけないように行動しようとする心」とありました。本教材の中で考えると、みんなが納得して決めている「軒下に並ぶ」というルールのよさを考えることと、列から飛び出して一番にバスに並ぶことは他人に迷惑をかけていることに気づかせることが大事になると考えられます。

 そのうえで発問についても考えてみます。

【公徳の存在に気づかせる発問】

〇なぜ、大人の方たちは、たばこ屋さんの軒下に並んでいいと思ったのでしょうか。

〇たばこ屋の前に並んでいる人は、よし子を見てどんなことを思っていたのかな?

〇嫌な気持ちの人がいるということは、そこに何かしらのきまりがあるのでは?



【軒先に並ぶことは、その場にいるみんなが納得して決めていると気づかせる発問】

〇たばこ屋さんの軒先に並んでよいということは、誰が決めたことなの?


【軒先に並ぶことが、その場のみんなの利益になっていることに気づかせる発問】

〇なぜ、たばこ屋さんの軒先に並ぶことに納得しているの?

2025/06/16

雨のバスていりゅう所で


 小学校4年生教材「雨のバスていりゅう所で」について考えます。内容項目は、「C 規則の尊重」です。

 さて、本教材の授業をする際は、言葉の定義を教師が確認をして、どの言葉を使うのかを整理しておくほうがよさそうです。バス停に並ぶのは、規則ですか?決まりですか?マナーですか?ルールですか?常識ですか?同じく、雨の日にたばこ屋の軒先に並んでいるのは、決まりですか?マナーですか?ルールですか?常識ですか?それとも、異なる言葉があるのでしょうか。

 どの言葉を使うにしても、授業の中で言葉の使い方がコロコロと変わってしまうと、子供たちは混乱してしまうかもしれません。だからこそ、意図的に言葉を選択する必要があるでしょう。

2025/06/13

「対話」か、「対話的」か


 道徳科の指導案を書く際に、「対話させる」という文言をよく見かけます。子供たちに話し合わせることを「対話」という言葉に置き換えているようにも感じられます。

 学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」という学び方が提示されています。「対話」ではなく「対話的」と記載されていることは、「対話」と「対話的」は明確に異なるものだと認識できます。では、その両者の違いはどのようなものでしょうか。

対話

ゴールが定められていないもの。自由に話せる。

対話的

定められたゴールがあり、そのゴールに向かって話し合いをすること。

 このように「対話」と「対話的」の意味を定めた場合、道徳科の授業では、価値について考えを深める前半・中盤は「対話的」に授業をすすめ、自己を見つめたり生き方を考えたりする後半は「対話」を意識する流れが考えられるでしょう。

2025/06/02

「人物になりきって考える」と「役割取得能力の育成」の関連


 道徳科の授業では、登場人物の気持ちになって考えさせることが多いです。登場人物になりきることで、普段の自分なら言えないようなことも、登場人物の姿を借りて発言できるようになります。

 さて、登場人物になりきるという道徳科ならではの手法について、もう一つ大きな意義があります。道徳性の発達という視点から見たときに、相手の立場(登場人物)になりきって物事を考えたりする能力を役割取得能力と見ることができます。そして、その役割取得能力を育成することが、身につけることが道徳性の発達に寄与するとされています。「なりきって考える」という活動そのものが、役割取得能力の育成につながり、しいては子供たちの道徳性の発達につながるということです。

 このように考えると、「なりきって考える」という学習活動そのものがとても意味のあるものだと言えるでしょう。

2025/05/30

終末場面で大事にすること


 終末場面で一つの正解を導こうとする授業を散見します。「〇〇が大事だね」と授業をまとめようとする姿を子供たちが見続けると、道徳科には先生だけが決められる正解があるのだと思ってしまいます。それでは、子供たちが主体的に生き方を考えることはできないでしょう。

 さて、井上治郎は、著書の中で終末場面で大事にしたいことについて、「教室内のやりとりが、教室外にも延長されるようにしむけることだけである」と述べています。これこそ、自己(自分)の生き方について考えを深めることを求められている道徳科の終末場面にふさわしい考え方だと思われます。